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新型コロナウイルス [寛容な社会]

 



 



 大相撲が終わりました。無観客の取り組みは最初は異様に思えましたかが、喊声で聞こえにくい呼び出しの声や土俵外に出ても観客がいないので、よろけながら遠くまで行ってしまうのには驚きました。貴景勝の馬力のなさが気になりましたが、新大関の誕生も予想されていて、まずまずの成果だと思いました。炎鵬は体力に見合わない地位で健闘しました。福岡出身の琴奨菊は幕ノ内にとどまるでしょうか。あわや2場所続けての平幕優勝かと思わわせた碧山など、終わってみれば話題性のある場所でした。



 



大相撲のことからウイルスの全体的な話が載っていました。



 



「提論 【新型コロナウイルス】 藻谷浩介さん日本総合研究所調査部主席研究員2020/3/23  



西日本新聞」では「どこまで怖がるべきか」のなかで、クルーズ船の死亡率などから推定しています。さらに、風邪をこじらせた肺炎は年間9万人が亡くなっているのに、報道されるのは死者数だけ出るのでパニック心理が起こるのではないかという。風邪からの肺炎の死亡率とウイルスのものとの比較が単純に比較できるものか知りませんが、高齢者でもある私には、通常の肺炎のほうよりか、誤嚥性などの確率が高そうです。


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「スカーレット」が教えてくれたこと [テレビ]

 



 



朝ドラ「スカーレット」が終わりました。前作「なつぞら」も時代との関わりが深く、楽しみにみることができました。「なつぞら」は北海道が大きな舞台でしたが、「スカーレット」のモデルには九州という背景もあったという。続けて、インパクトのあるドラマでした。次のような随筆がありました。



 



「炭鉱と差別  中西徹 2020322日西日本新聞



NHK朝の連続テレビ小説「スカーレット」は、女流陶芸家の神山清子さんの半生を色濃くなぞったドラマです。



神山清子さんと白血病で亡くなった息子・賢一さんに取材し、母と子の伝記ともいえる一冊が『母さん子守歌うたって―寸越窯・いのちの記録』(那須田稔・岸川悦子共著、 ひくまの出版、二OO二年)という本。 そのプロローグで「九州の佐世保 の炭鉱で働いていた父が、追われる ようにして一家を連れてこの滋賀県の日野にやってきた」のは、(神山さんが)小学二年の一九四四年(昭和十九年)九月とあります。(以下略)」



 



1944年は敗戦濃厚になった9月です。私が産まれた年月であり、既に30歳を超えた父が召集されています。その頃の炭鉱には朝鮮人が働かせられていました。「厳しい労働に耐え切れなかった朝鮮の人が、炭鉱を脱走しようとしたのを手助けしたといって、警察に追われた 父は、一家を連れて炭鉱の町から逃げ出したのだった(一部引用)」(同前)(同前)。ドラマでは保育所設置の活動などが時代背景も挿入されています。でもやはり、白血病の問題を少し知ることができたと思います。3月になって池江選手がプールを発病後初めて利用したというニュースがありました。白血病のドナー問題への関心が高まっていると思います。次の朝ドラは何を見せてくれるのでしょうか。


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どういう記録になるか [行政]

 



 



今もやがて歴史になります。ここにきて政治判断が出てきません。特措法ができたから十分だということか。学校の休みなどは側近で決めたというが記録に残すのでしょうか。記録に残すというからいいとは言えないのではないか。



 



「コラム 春秋 2020/3/17  西日本新聞」は記録の問題です。 



 



「▼政府が今回ばかりは詳しい記録文書を残すという。新型コロナウイルスの感染拡大を「歴史的緊急事態」に指定した。諸対策を決定した会議録などが保存対象になる。どこか釈然としない



▼政治の意思決定過程は基本的に全て記録すべきである。デジタル機器が発達した今日、録音や録画は簡単だ。古今東西、歴史文書は時の権力者に都合よく書かれがち。それを封じる意味もある



▼歴史の謎は多い。故に探究心やロマンが生まれるという見方もあろう。けれども、失政をベールに包んで後世に誤った教訓を伝えてはなるまい。(一部引用)



 



 政治・行政の文書は敗戦の処理として焼却されたことが有名ですが、敗戦前、敗戦時、戦後と続いているという。『国家と秘密』という本で指摘されています。相模原の障害者殺傷事件の関係資料を相模原市は公文書館で永年保存するという。素晴らしいことだと思う。公文書館の役割としても大切だと思う。『国家と秘密』で公文書館の役割と必要性も説いています。


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「やまゆり園」判決後 [障がい者問題]

 


 


 死刑判決が下された。だが、責任能力の有無に焦点化されたとのことです。裁判である以上、責任能力は問われることは避けられませんが、例えば、被害者の匿名問題、優生思想など「判決は下ったが、決着はついていない」(日本障害者協議会「すべての人の社会」3月号)という日本障害者協議会代表藤井克徳氏の指摘が重たい。


 藤井氏は続けて「どう向き合うか」という課題提起をしています。


「一点目は『事件を忘れない』である。『人権を守るとは忘却との闘い』という言い方がある」


「二点目は、優生思想と対峙することである。相手は社会だけではない。自身に潜む『内なる優生思想』『内なる差別』も手ごわい」


「三点目は、障害のある人が置かれている状態の好転に展望を開くことだ」


 三点についての追加説明は省略させてもらっています。私にはどれも難しい課題です。忘れることは老化による自然現象として避けられません。さらに、「内なる差別」は、長い間生きてきて降り積もっています。最後に障害者政策の好転に寄与できる状況ではないとあきらめています。


 それでも、何かできるのかもしれないと手探りしたいと思います。


 


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支えている人たち [支え合う社会]

 

 

テレビのニュースなどの気象予報の担当は女性の担当の場合が多いように思いました。男女の年齢差などがあるのかもしれませんが、何か軽く扱っているのではないかと思いました。男女平等社会の日本のランキングは121位だという。そんなことと結びついているのではないかとも思いました。

 

文字通り社会を支えている人たちの存在があります。

 

「コラム 花時計 2020318日 前田 倫之 

「マスクを切らした。まずい」-。新型コロナウイルスの感染症対策が徹底された10日の県立高入試。後ろめたさを抱きつつ取材に向かった修猷館高(福岡市早良区)で、学校側の対応に救われた。もし良ければと、手作りのマスクを提供してくれたのだキッチンペーパーと輪ゴムで作ったマスクは市販品と遜色なく、優しい肌触り。受験生、職員用の市販品に加え、万が一に備え養護教諭がインターネットを参考に準備したという。気遣いと徹底した危機管理に頭が下がる(以下略)」

 

マスクの準備をした養護教諭のように、社会を支えた人としては故中村哲氏の業績を思い出します。遺志を継いだチームが活動しているという。

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孤独の差は [高齢者]

 


 


323日 22時からNHK総合「1人暮らし 高齢の親が迎える人生の決断!」をいつもは寝ている時間ですが観ました。娘からの同居の申し出に試しに3日間の同居をして、同居の方向で話が進むかと思われましたが、一人暮らしの自由さを理由に、話は頓挫します。


元気なうちはいいが、介護が必要な時にどうするつもりだろうか。余裕があるから大丈夫ということか。お年寄りの心理が見えにくいドキュメンタリーでした。


 例えば、介護が必要になった場合なんていわれても元気なまま終わるという思いがあるのか、わずかな残り時間ぐらい自由に使わせてよということか、それとも・・・。


 


 年寄り特有の心理を見たかった。ドキュメンタリーだからストーリーがあらかじめあるわけじゃないが・・・。


 


「老年期心性を取り巻く課題として喪失体験、孤独、孤立、死の現前化、適応を取り上げて以前に論じたことがある。()いずれもどの年代にも遭遇することだが、それぞれに老年期特有の問題がある。


 喪失体験では喪った対象に代わるものを手に入れることは難しい。孤独に耐える力を身につけているかが問われる。死は高齢者にとっておびえの対象ではなく、限られた時間の生という精神的拘束感をもたらす。これらは別個の問題なのではなく、どの角度から老いを捌くかの切り口である」(『精神科医がみた老いの不安・抑うつと成熟』竹中星郎著)


 


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『背高泡立草』を読む [読書]



【第162回 芥川賞受賞作】背高泡立草

【第162回 芥川賞受賞作】背高泡立草

  • 作者: 古川 真人
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2020/01/24
  • メディア: 単行本

 

 朝ドラの主人公の息子が白血病との闘いになっていて、ドナー探しが難航しています。ドナー登録の詳しいことは「骨髄バンク」のホムペ―ジに掲載されています。これを書いている日の報道によれば、池江選手がプールで泳いだという。嬉しいことです

 


古川真人氏の芥川賞受賞作『背高泡立草』を読みました。先祖が暮らした家がある島の草刈りの場面と、そこで暮らした漁師の先祖の話が丹念に描かれています。作者は福岡市生まれ・舞台は九州北部の島。本の帯には「草は刈らねばならない。そこに埋もれているのは、納屋だけではないから」とあります。今を生きている人たちが後を引き継ぐものがいなくても草を刈ったり、農作物を育てるという気概が絶えないことの証明のようです。先祖からの贈り物に感謝しているのかもしれません。


セイタカアワダチソウはアメリカ原産であり生命力が強いものだという印象があります。


あっと言う間に日本各地に広がりました。そこで、日本を支配下に置くアメリカと重ねた詩を読んだ記憶が甦ってきました。


 


方言が沢山出てきます。博多弁や筑後弁でも使うものもあれば、九州北部共通の方言もあるように思います。言葉も含めてていねいな描写に驚きました。


 


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バレンタインデー [てんかん]

 


 


「コラム 春秋 2020/3/14 西日本新聞」からです。


「▼そもそもバレンタインデーは兵士の結婚禁止令に背き殉死したバレンタイン司祭の命日。それにかこつけて菓子でも麺でも売り込む東アジアの商魂に苦笑するしかない」とバレンタインデーの関係で語られますが、次のような関係も知ってもらいたいと思う。


 


「バレンタインとてんかんの意外な関係 提供元:ケアネット公開日:2019/02/05


バレンタインデーの由来となった聖バレンタインは、てんかんのある人々を庇護した聖人としてたたえられている。それ故、「世界てんかんの日」はバレンタインデー直前の月曜日、2月の第2月曜日と定められている。また、毎年326日をパープルデーと定めるなど、てんかんは世界的な社会啓発が進められている。(以下略)」


 


てんかんは今もって正しく理解されているとは思えません。ひきつけを起こし、倒れるというイメージが強いようですが、最近注目されている高齢者のてんかんではそのようなことはなく、てんかんであることが見逃されています。けいれんがない場合が多いのです。他の病気と間違われることが多いという。てんかんが子どもの病だという思い込みが強いのですが、最近では高齢者のてんかんが注目されています。もちろん、若い人のてんかんも少なくないのですが、高齢者のてんかんとしての見方から診察されることが一般化していないことを伝えたいのです。


 


今年の秋、アジアてんかん学会議が福岡市で開かれます。


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休刊日は手持ち無沙汰   [高齢者]

 

新聞投稿欄に総理の質疑応答に触れ「質問に「『はい』『いいえ』の答えはほとんどない。首相は長く話すが核心は話さない」との指摘がありました。質疑を重ねるということはなく、どうかわすかということが自分の役割だと思っているように見えます。だから、国会中継で朝ドラの再放送が吹っ飛ぶのが困るという発想が出てきます。政治から遠ざかることになりかねません。自分の言いたいことは記者会見で述べるのだというスタンスのようだ。こちらも形骸化してるという。

それでも、新聞が待ち遠しいのはなぜでしょうか。朝食はコーヒーとパンにインスタントスープを用意して新聞を開く。新聞がなければ何をしたらよいのか、とまどいます。折り込み広告の裏が白紙のモノがないか確かめます。ところが、販売所も人手不足なのでしょうか

雨模様なのに包装してないことが増えています。濡れた新聞紙に舌打ちしています。贅沢にも濡れてはならないと思い込んでいます。国会の論戦にさほど関心があるわけではありません。「かわす政治」にあきらめがついてまわります。しかし、調査報道と読者参加を試みるから新聞をやめられない。電話での意見欄では、中年の精神障害者の方が、親が亡くなった後の不安を投げかけていました。家庭内の問題が一瞬にして社会問題になります。そんな楽しみが休刊日を嫌がる理屈なのかもしれません。

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新型コロナウイルスの疑問 [寛容な社会]

 



 



いろんな情報がありますが・・・



 



①感染しやすく抵抗力がない人 *高齢者 *持病がある人



 75歳で高血圧の私だから確実に該当しますが、持病とは何か。どんな病気でも要注意なのか。どうもしっくりこない。イタリアの致死率が高いという。高齢化率が高いからではないかという。



 



⓶緊急事態宣言はしないのか



 日本は「宣言」をしたいがそしたらオリンピックをあきらめることになるから宣言しないのではないのか。それ以前に諸外国が派遣しないことにならないか。WHOの判断に従うというのは中止の伏線ではないのか。「宣言」自体はオリンピック中止または延期になればされる可能性は高い。それでも立憲民主党などが賛成したのはなぜか。言論の自由に不安を残すのに。



 



③WHOは中立か



 事務局長という人の記者発表でしか聞きませんが、パンデミック宣言では対応が遅れたように思う。日本政府の対応に理解を示して、リップサービスだという報道もあります。



 



④終息はこの字だという



「終息」の見通しを知りたいのは当然ですがその前に「収束」を使っているテレビ局もあります。違いはあるのでしょうか。パソコンの使用例は「終息」です。「サンデーモーニング」を観ていたら「終息」の見通しは「わかりません」とコメンテーターの回答。同じ番組でパンデミックが歴史的転換につながったことがあるという。どんな時代の衣が見えてくるのでしょうか。


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