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とどめることもできない [高齢者]

 



 



コロナ禍という経験をするなど予想もしていませんでした。パンデミックなどは物語のどこかに存在しているものだと感じてきました。



 



読み終わった本に次のような言葉がありました。



 



「病むこと老いること



 もどることはできない。



 とどめることもできない。



 さまざまな病いがあるが、もとの状態をとりもどすこと、病気の進行をとめること。そのどちらの道も封じられた難病。病む本人にも、看とるものにも、出口なしの苦しい試練を課さずにはいない病気がある。それは、人が老いることとよく似ている。()



 老いへ向かって歩きはしても、苦しみや喜びもあって、苦痛だけが道づれなどということはない」(「昭和とわたし」澤地久枝)



 



  老いは「とどめることもできない」と思う。それでも、サプリメントがいろんな形で発売されています。「とどめる」期待を抱きながらのみ続けています。また、老いは自覚していましたので、歩くなどしていましたが、75歳になったら、待ってましたと追いかけてきた老い。背中が丸くなりつつあります。その他アチコチと。今のところ苦痛だけが道づれという状態か。いや苦痛だけにしか気づいていないのかもしれません。



 


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老いの感覚 [高齢者]

 


 


 コロナ禍で雇用も深刻なようです。非正規雇用 97万人減。休業420万人と新聞がつたえています。コロナ禍は初めての経験です。目に見えないウイルスということもあり、体験を具体的に把握するのが難しいように思えます。老いの問題とも通じるものがありそうです。


 


 今日の話題は「老いの自覚症状」です。


私の場合は、歩く時の靴を引きずる音から始まりました。今は背を丸めて歩いていることに気づいています。まさに限られた時間を生きているという感覚はあります。それが明日で終わるかもしれないのに、具体的なイメージが沸いてきません。湧いてでもなく沸いてを選択しました。竹中星郎『精神科医がみた老いの不安・抑うつと成熟』のなかでは次のように述べられています。自分の老いは想定できません。竹中氏の指摘をなぞらえています。


 


「鏡像と自我には深い溝がある。それにしでもなぜ老いは否認されるのか。老いはここからと線を引くことができないにもかかわらず、いつの間にか忍び寄る。ところが自分がどの ように老いるかはみえない。その老いは一般論ではなく、他ならぬ自分の老いだがそれがわからない。 そこからくる不安・抑うつも意識されることなく潜航する。


 老いは形がみえない。輪郭がなく、漠然としている。だが実体がないのではなく、しわ、白髪、病として姿を現す。そして死の現前化。それは生が限られた時間であることを意識しつつ、それが明日ではないと思うアンビヴアレントな状態を揺れ動いている。老いとは、まだ老いていないと保留しながら、このような対象なき不安・抑うつを生きることである」


 


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漢字忘れ対策? [高齢者]

 


 


 コロナ禍のひとつに、解雇、雇い止めが1万人超したと厚生労働省が発表したという。そんなものじゃないと思うが、どうだろうか。統計のごまかしに厚生労働省も加担してきているのでどうかと疑いたくなります。


 


さて、先日からの話です。「誤嚥性肺炎」という用語が3日ほど出てきませんでした。時節柄肺炎の徴候に敏感になり、可能性が高いものとして記憶を耕してみましたが、出てきませんでした。記憶の底にはあるはずだとさぐりを入れてみましたが浮かんできません。テレビに出てくる人たちの名前を思い出して記憶から消えていないと確認しました。「誤嚥性肺炎」が突然、蘇ってきました。いつも思うのは記憶からは消えていない。検索機能が的確に働かないからだと。記憶からは簡単には消えていないと思いました。


 


 コラムは万年筆で書くことで漢字忘れ対策にしようとしたらという話です。


 


「コラム デスク日記 2020/5/25 西日本新聞 社会面 石田 禎裕 


 入社30年。新人1年目こそ原稿は手書きのみだったが、2年目はワープロが登場。やがてパソコンへと進化した。キーをたたいて文章を作成する毎日。それが現代人の漢字忘れを招いたと指摘されて久しいが、私もそうだ。


 加えて年のせいか、少し前まではすぐ思い浮かんでいたごく簡単な漢字さえ出てこないことが増えてきた。そこで思い出したのが、昔買った万年筆。久しぶりにインクを入れ、日記めいた日々の記録を書くことで漢字忘れを少しでも克服しようと考えた。いざ始めてみると、紙にインクでさらさらと書くという行為自体が楽しくなってきた。筆圧をかけず、ペン先を滑らせて文字を書く気持ち良さは「ステイホーム」時のいい癒やしになった(以下略)」


 


 


 


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コピーにたどりついても [高齢者]

 



 



ネットで次のニュースに出会いました。



 



「特別給付金申請…各地のコンビニで“コピー難民”が続出 “代行係”引き受けた男性の話に心が洗われる5/23() 19:15配信 まいどなニュース



 新型コロナウイルスの経済対策として、各地で特別定額給付金の申請が始まり、コンビニエンスストアなどには免許証や健康保険証などの身分証明書のコピーをする人が続々と訪れています。でも…写真印刷やカラー印刷もできる最近の高機能コピー機は扱いに戸惑うこともしばしば。そんなお年寄りたちに偶然出くわした男性が自ら「案内係」を買って出たというエピソードがネット上で「心が洗われるよう」と話題を呼んでいます(以下略)」」



 



 高機能コピー機使ったことがありません。とまどいそうです。



 私の体験です。24日に申請書が届き、同居人数分の欄の記載欄は市役所から記入されていました。健康保険証・通帳表の2枚分のコピーをパソコンのプリンターでコピーしようとしたら6色の2つのインク切れでコピーとれずにアウト。取り替えて今度こそはとするが1色インク切れ。妻の車でまた行きました。



後で考えたのですが、もし歩いていくなら3つのコンビニまで15分以上かかります。坂道です。高齢者は貼りつけ部分は免除したらと思ったものでした。私も高齢者ですが。


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「包括的高齢者評価」とは     [高齢者]

     

 

お年寄りの診断には、医学的なもの以外に「心理的・社会的な要素」が高いという。

 

「高齢者の心身は日々持続的に受ける慢性的なストレスと、不定期ですが大きなダメージを被る急性ストレスに曝されることによって虚弱化が進行することを説明しました。それらのストレス、特に慢性的なものは多種多様であり、生活習慣病などの医学的なものだけで なく、人間関係や経済難などの心理的・社会的な要素も多く含まれています。虚弱化は様々な 因子が複雑に絡み合って長時間かけて進行するため、その回復や改善は困難を極め、不可能か、 可能であっても高齢患者さんに多大な努力や負担を強いることが多いのです。」(「『老年症候群』の診察室」)

 

 老年医学には「包括的高齢者評価」という最も重要な概念があると「『老年症候群』の診察室」では述べています。抑うつ症状があるか・家族や家計などもあります。

 私が以前通った病院には4人か5人のソーシャルワーカーがいました。ですが、面接は1回だけで障害者手帳の申請をするかどうかでした。今のクリニックではワーカーさんはいません。前の病院はリハビリテーション病院だったからだと思います。

 私は5年前の脳梗塞と2回目の脳梗塞と加齢に伴うダメージを受けています。患者だけでなく、生活者でもありますが、高齢者は生産に関係しないので軽視していると思われます。医療・福祉の削減を狙う「小さな政府」が誰のための政治だったのかと問うて欲しい。フライデーオーベーションというのでは、余りにも問題を矮小化させることにならないかと懸念します。

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鏡に映る姿は [高齢者]

 


 


私の場合、鏡をみるというのも髭剃りぐらいの時ぐらいですから数日おきです。老いを映していると思ったのは、ある日突然、どこかの人かと感じた時でした。だが、実際は50歳代のある日、電車の中で高校生に席を譲られた時でした。その時は、笑い話にしてすませましたが。実感したのはやはり突然でした。


 


1.鏡に映る自分に愕然とする――老性自覚と老いの否認と


老いは突然始まるわけではなく、しかし前日とさして変わらないというささやかな変化の集積として確実に進行していく。そのため自分が年をとったと自覚するのもひとさまざまである(「老性自覚」)50代でそれを感じるひともいれば、80代でもそれを認めないひともいる。多くはあるきっかけで変化に気づく。あるひとは体力の衰えを感じた時に、あるひとは鏡に映った顔のしわで、というように。だがどれも突然生じたのではない。」(『精神科医がみた老いの不安・抑うつと成熟』)


 


80代になっても認めない人はいます。周りもまた老いを感じない人がいらっしゃいます。85歳で今も現役の医師として活躍される方を知っていますが、風貌からして老いが感じられません。この違いはどこから出てくるのでしょうか。老いを認めないからなのでしょうか。それとも、感じる間もなく活動しているからなのでしょうか。


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70歳を超えなお [高齢者]

 


 


凶弾に倒れた中村哲氏の後輩だという林田スマさんの今後の決意に凄いと思いました。70歳超えて新しい活動を模索するという林田氏の決意に敬意を示しつつ、そこまで林田氏をその気にさせた中村哲氏の言動は凄いと改めて思いました。新聞の聞き書きシリーズからです。


 


「おかげさまで フリーアナウンサー 林田スマさん


私は現在、福中・ 福岡高校同窓会副会長と同窓会女子部会「紅梅会」の 会長を仰せ付かっています。同窓会を挙げて敬愛し、その死を悼む中村哲さんは聞き書きでぜひ触れておきたい方でした。私は残りの人生、中村さんの行動しなければ物事は動かない」を実践していく決意です。 当面の目標の一つは、館長を務める複合文化施設 「大野城まどかぴあ」(福岡県大野城市)で今秋、「深夜放送同窓会ファイナル」をやり遂げること。「あの頃の元気をあの頃の夢を再び!」と始めた同窓会も9回目。今回を集大成の会にしようと思っています。もう一つ。私は最近、人と人をつなげて何ができないかと「GO WITH林田カンパニー」を立ち上げました。事業内容はこれからですが仲間たちと一緒に前向きに歩いていくつもりです。(一部引用)(聞き手は南里義則)」(202051日西日本新聞)


 


「大野城まどかぴあ」のなかにある図書館に行っている頃は、林田さんの姿を見かけることがありました。存在感がありました。林田さんのことは良くは知りません。深夜番組の頃はラジオを聴く習慣がありませんでした。「大野城まどかぴあ」館長になられたことから知ったという感じです。「行動しなければ物事は動かない」という中村哲氏の言葉を実践されるというのですから凄いです。年齢を考えれば新しいことへの挑戦は無謀にも見えますが、年齢に縛られない生き方をされてきたのでしょうか。老いることはその人によって異なるので多様性に満ち溢れているという説があるようです。大いに期待したいと思います。


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老いはネガティブなものか [高齢者]

 


 


朝ドラ「ひよっこ」の再放送を楽しみにしていますが、国会中継や首長の記者会見などで延期になることが多い。このドラマには登場人物の痛み・悲しみが丹念に描かれているところに面白味があるように思います。再放送でも楽しみにしています。


 


さて、認知症が忌み嫌われるのは、若い人から見た場合、人間として壊れてしまったような恐怖があるからだと思う。反面、知り合いの医師は85歳になっても、医師の仕事を続け、講演などもこなしている。日野原重明氏みたいな人もいます。できれば、後者みたいでありたいが、コトは簡単ではないと竹中氏は説きます。


 


「精神科医がみた老いの不安・抑うつと成熟」で竹中星郎氏は次のように述べています。


 


「衰えは必ずしもネガティブなものではない。歌舞伎の女形が60歳過ぎて一人前になるといわれるように、老いが新たな世界をもたらす。老いるとは喪失を通して新たな自分を築いていく想像性をもっている。個別性は一面で収斂に。一面で多様化に向かう。規則性、連続性から老いを眺めると醜悪にみえるかもしれないが、老いのすべてが醜悪なわけではない。『年をとってはじめてわかったことがある』という言葉がそれを物語っているが、そこに標準化された尺度はない。それゆえに老年期は精神医学の研究の対象になりにくくかった」


 


やはり醜悪な姿をさらすことになる可能性が高いです。規則性、連続性が無秩序に襲い掛かる老いは学問として成り立ちにくいのでしょうか。


 


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喜寿に近いと気づく [高齢者]

 


 


当たり前の日常が崩れています。


 


「コラム デスク日記 2020/4/21 西日本新聞 江藤 俊哉 


 大分県に住む母に手紙を書いた。学生時代以来、30年ぶりだ。85歳。2年前の秋に夫(私の父)を亡くし、自宅近くの有料老人ホームに入居した。月12回通院の必要があり、私や妻が帰省して付き添う。片頭痛がひどく、気分の浮き沈みが激しい。認知機能も衰え、幼い頃の嫌な思い出がよみがえって泣いたりする。耳が遠く、操作ができないので携帯電話は持たせていない。だが、私たちが顔を出すと、笑顔を取り戻した。


 今月から施設側が面会を禁じた。通院も、職員が電話で症状を説明すれば処方箋を出してくれるので不要になった。(以下略)」


 


 ここに登場する母が85歳。私は10歳若いということに気付いた時に「喜寿」とは数えの何歳かと思いました。喜寿は77歳。耳が遠くなり、携帯の操作は電話のみですのでスマホはあきらめています。通院は妻に送迎と耳の代わりも頼んでいます。これだけでも喜寿に値するのかもしれません。新聞の戦争体験投稿欄には90歳代が少なくありません。元気な90歳代が増えているのではないかと思う。個人差は大きいですね。


  虚弱化しているのを自覚しているこの頃です。


 なぜ、虚弱化が悪いかと言えば、『「老年症候群」の診察室』によれば、弱々しくなることで病気にかかりやすくなったり、転びやすくなったりするという。高齢者の今の言葉でいえば「フレイル」次の4つのプロセスを経るのだという。「健康期」「虚弱期」「高度虚弱期」「終末期」が重なり合いながら進むのだという。元気な終末期というのもないかなあ。


 


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目に見えない相手 [高齢者]

 


 


「すべての人の社会」(2020年4月号)は日本障害者協議会発行の情報誌です。その「巻頭言 「安心」は分かち合える NPO法人日本障害者協議会理事 赤平 守」では、次のようなエピソードが紹介されています。


 


 「話は変わるが、プロ野球ロッテのドラフト1位ルーキー佐々木朗希投手は震災当日、陸前高田市で被災し、父と祖父、母を失った。そして当時9歳だった少年は9年後、プロ野球選手となり子どもたちの希望の存在となった。『今あることが当たり前じゃないと思ったので今という時間を昔よりも大切にするようになった』。18歳の少年に教わった気がした」


 


3.11から9年の歳月はひとりの剛速球投手を産み出しました。そして、教えられました。今という時間を大切にしているという若者は、デビュー前に新型コロナウイルスと遭遇した。  


私は9年間、なにほどか産み出したものがあるのだろうか。熊本地震や豪雨災害ということに遭遇しましたが、具体的になにひとつなしえませんでした。3.11の上に新型コロナウイルスが降り積もり、時が過ぎていくようです。


 


9年の間で私に分かったこと。お年寄りの病院として「老人科」を設ける必要性です。ただ、歳を重ねただけかもしれませんが。


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