彼岸花の頃 [寛容な社会]
横綱稀勢の里を応援しています。理由は数年前から田子の浦部屋の九州場所の宿舎が近くになったからです。今場所は休場明け。序盤はハラハラする内容でした。途中から中継を見ることができなくなりました。しかし、順調に8勝目を挙げた頃からは再び中継を見ましたが、横綱戦はこっちまで緊張しました。
話は変わって、私は、彼岸花の頃に生まれて74年。来年は順調に行けば晴れて後期高齢者となります。彼岸花は景気のいいイメージとはかけ離れています。次のコラムも亡き人との関係で引用されています。
「コラム 風向計 彼岸花に亡き人を思う こどもタイムズ編集長 江田 一久
今年も彼岸花が咲く季節が巡ってきた。田んぼのあぜや墓地の傍らに、すっくと伸びた赤い花を目にすると、何とも懐かしく、切なくなる。
灰谷健次郎さんの小説「太陽の子」は、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)(彼岸花)が咲く丘を主人公の少女「ふうちゃん」と両親が楽しげに歩く場面から始まる。しかし、3人の行き先は病院。凄惨(せいさん)な沖縄戦で心を病んだお父さんが通っているのだった。そして、物語の最後に、お父さんは亡くなってしまう。
私は「太陽の子」を読んで沖縄が好きになった。沖縄出身の両親を持つふうちゃんのけなげさに涙を流し、本土の人々が沖縄の人々に対して抱く、差別意識の根深さを知った。まぶしい陽光と青い海しかイメージしていなかった自分の無知を恥じ、沖縄をもっと知らなければと思った。(略)
話はがらりと変わるが、鹿児島県出水市に住む詩人の岡田哲也さんに「彼岸花のころ」という詩がある。六十路(むそじ)を過ぎた秋、30年以上も前に亡くなった両親をしのび、自らの歩みを振り返っている。
「おとうさん/あなたに抗(あらが)うことしか しなかったわたしが」「おかあさん/あなたを裏切ることしか しなかったわたしが」
「そのまがりなりの一途(いちず)さに」生きて、歩き続けてこられたのは、どうしてか。
「わたしが 日本人だからじゃあ ありません/おとうさん/あなたが わたしの父だからです/おかあさん/わたしがあなたの子だからです」
生前の両親には言えなかった思いを素直に明かし、最後はこう締めくくっている。
「あなたがたに 彼岸花一輪ささげます/白い花は おとうさん/赤い花は おかあさん」(以下略)=2018/09/22付 西日本新聞朝刊=」
沖縄は知事選のなかです。沖縄に平和な日々が届くのでしょうか。我が家の彼岸花は真っ赤に咲いています。
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