6400年前に消滅した南九州の縄文文化 [歴史]
村田喜代子氏が「1万年の幸福」という随筆で(2014年6月3日西日本新聞)で、約6400年前の大噴火で縄文文化が壊滅したという話を読んだばかりでしたが、そまことを記した本に出会いました。
鹿児島の上野原遺跡は縄文文化の先進地として注目されています。『南九州に栄えた縄文文化―上野原遺跡』によれば、6400年ほど前の鬼界カルデラの噴火で絶滅したそうですが、そこまで大規模でないものが続いたとされています。鬼界カルデラは鹿児島の硫黄島付近であり、屋久島の北側に当たります。
「南九州諸火山の噴火と火山灰
相次ぐ大噴火の歴史 九州の南部から中部にかけては多くの火山が存在し、過去数十万年の聞に、合わせて何回か
の巨大噴火を含め断続的に火山活動をくりかえしてきた。図2のように、南九州には北から姶良カルデラ(約二万五000年前)、桜島(約二万年前以降)、阿多カルデラ(約九万年前以 降)、池田湖(約五五OO年前)、開聞岳(四000年前以降)、そして鬼界カルデラ(縄文時 代の噴火は約六四OO年前)という順で火山フロントが形成されている。 このように南九州では、鬼界カルデラ噴出のアカホヤ火山灰のように、その堆積が肉眼で確認できる範囲が東北地方までひろがるという超広域の火山灰や、地域的で小規模な火山活動を併せると、縄文時代の各時期に連綿と続く火山活動が確認されている。
上野原遺跡の場合、基盤層となる約一万一五OO年前の薩摩火山灰(PU、パミスの日)や、
約九五OO年前の早期前葉の縄文集落の存在を明らかにしたPUとよばれる桜島起源の火山灰層、さらには縄文時代早期文化の終焉を告げるアカホヤ火山灰など、時代や文化を限定する貴重な火山灰層が存在している。」(『南九州に栄えた縄文文化―上野原遺跡』)
鹿児島県にはこの大噴火で300度を超える火砕流が流れたとされます。
「この南九州の早期文化がもっとも発達し九州島を越えて、中国地方や四国地方へ文 化圏を拡大した頃、南海の鬼界カルデラの大爆発が起こった。薩摩半島や大隅半島のほとんど は三OO度を超える高温の火砕流が、そして九州島南半部から四国地方一帯には厚いアカホヤ 火山灰が堆積して、一時的に砂漠化した自然環境になったことが考えられる。 そして、爆発後数百年を経て、南九州のアカホヤ火山灰層上の自然環境は人類が住めるよう
に植生が回復しているが、その後は北部九州系統の踊式や曽畑式土器とよばれる、これまでの
南九州の在地系土器とは異なる土器文化が一気に伝播してきでいる。
このようにアカホヤ火山灰層堆積以前の南九州の独特で豊かな早期文化は、この鬼界カルデラの大爆発によって大打撃を受け、壊滅したことが考えられる。」(同前)
縄文式文化の早期では、日本の西側から発達し、東側に広がっていったと述べられています。川内原発の再稼働で火山爆発をどの程度見込むかで意見が割れているようです。しかし、6400年前のようなことがあれば、絶滅ですね。そして、数百年して再生できるか。
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