見守る人たち [認知症]
まもなく5人に1人が認知症になるのではないかという。新聞の投稿にも、読書して認知症予防したいとか、切なる願いが書かれていますが、そういう問題なのかということを考えさせてくれる投稿に出会いました。
「紅皿 ゼラニウムの花
ご近所の玄関先に、見事に咲いた赤紫色のゼラニウムの花。ご主人が毎日、優しいまなざし を注ぎながら、朝夕の水やりをしている。寒さ厳しい冬も暑い夏の盛りも。 水やりの基本は、冬は暖かいお昼、夏は涼しい夕暮れと聞く。ところが不思議、年中花は咲 き、近頃はまずまず鮮やかで美しい。 「すごくきれいですね。育て方がお上手ですね」と声を掛けた。「はい、すみません。あなたの名前を忘れてるのです」と、おっしゃる。「私も時折、そんなことありますよ」と答え、気にもしなかった。ある日、奥さまが話された。「夫は認知症。近所の方々、皆に知っていただきたいの。恥ずかしいことではないし、迷子になったら困るもん。夫の仕事はお花の手入れ。不思議なくらい、よく咲くの」と。不安はあるはず。でも持ち前の明るさと、ご主人への深い愛がこもったその言葉に、私の心はほころんだ。
きっとゼラニウムの花はご夫婦の心がうれしくて咲いているのだ。今朝も水やりをされているご主人。ゼラニウムの花は楽しそうに春の風に揺れていた。(主婦・70歳福岡県篠栗町)」
(2017年5月24日西日本新聞)
いくら予防に努めても認知症になることは避けがたいこともあると思います。できれば、避けたい。ですが、私たちは、認知症になっても住みよい社会であることを目指したい。先の夫婦は、愛情豊かでありますが、それだけの問題ではないことを示しているのではないか。
福祉避難所機能せず [認知症]
ゴールデンウイークといっても毎日がそんなものだからいいんですけど、やはりどこかに行ってみたい気もします。ビアガーデンがオープンしたというけど10年以上行ってない。というか、体が受け付けなくなった。福岡パルコに泊まれる本屋さんがオープンしたという。本は読み放題だけど販売はしないという。支払いがカードだけというのも年寄りにはなじみにくいか。
認知症の人たちも当事者がリードする活動になっているという。
「京都で認知症国際会議
災害時どう支援
福祉避難所機能せず
熊本地震課題浮き彫りに
仮設で孤立症状悪化
世界各国から認知症の人や家族、専門家らが集まり、 地域情つくりや最新の科学的知見を話し合う「第32回国際アルツハイマー病協会国際会議」の開会式が27日午前、京都市の国立京都国際会館であり、実質的な議論が始まった。29日まで。日 本での開催は2004年に続き2004年ぶり2回目。国内では25年に高齢者の5人に1人が認知症という時代を迎える。会議には認知症の人が自ら企画、運営に携わっており、これまでは介護の負担軽減など家族や介護者ら「支える側」の視点に偏りがちだった国の 施策を、本人の意思重視へ と転換させる後押しになりそうだ。(略)
京都市で27日に議論が始まった国際アル ツハイマー病協会国際会議では「認知症と 災害」が主要テーマの一つになった。熊本地震では認知症の人や高齢者、障害者 を受け入れてくれるはずの福祉避難所が機能せず、約1年たった今も、孤立を防ごうと本人や家族への支援が手探りで続く。関係者の話からは、備えや支えの難しさが浮かぶ。
閉めきった部屋
「こんにちは」。今年4月、介護福祉士の安藤俊行さん(51)が地震で最も被害が大きかった熊本県益城町 の仮設住宅を訪れた。桜の花びらが舞う陽気にもかかわらず、閉めきった部屋でジャンパーを着込んだ認知症の男性(90)が座っていた。安藤さんは介護や看護の専門職で作る「ライフサボートチーム」のメンバー。 町の委託で仮設住宅を回っている。男性は持病があるが、妻(81)も認知症のため薬を管理できず、チームが毎日確認している。他人の目が届く避難所では何とか生活できていた認知症の人が、仮設住宅で孤立し、症状を悪化させるケースは少なくない。チームは仮設住宅15カ所を巡回し、認知症の人や高齢者を重点的に訪問。必要に応じてケアマネジャーなどにつなぐ。
安藤さんは「仮設出ても、なじみのない土地で暮らすようになった時にどう支えるか。先が見えない」と打ち明ける。(以下略)」(2017年4月28日西日本新聞)
福祉避難所の必要性は浸透しつつあるのでしょうが、実際機能するかはどこもなれていないのでマニュアルが必要な気がしますが・・・。
忘れている人生が山ほどなのに [認知症]
「オトコの介護 何とか1人暮らし3年半
電車を降りて自宅まで約5分の帰り道、父(81)の携帯電話を鳴らした。きょうはどうだろう、近頃は電話を取るのも難しくなっている。、おっ、
珍しい。ちゃんと出た。 「何してる?」「今どこよ」 「会社から帰る途中だよ」「これから来んの(来ないの)?」 「平日だから無理だよ」「そうや、ごめんごめん」「また 近いうちに帰るから」
父は15年前に母が亡くなっ て以来、鹿児島市の実家で1人暮らしだ。2013年11月、アルツハイマー型認知症と診断され、その後も介護保険制度の訪問介護ヘルパーやデイサービス(通所介護)施設などを利用して何とか1人暮らしを続けている。散髪や歯科受診などはケアマネジャーさんと電話で相談しながら、予約や同行するヘルパーさんの、段取りをつけてもらう。自宅のある福岡市から帰省するのは月に1回ほど。福岡県内に住む兄(54)と交代で検診に付き添い、施設側との介護検討会に同席する。
帰省したときの夕食は車で 5分のスーパーの総菜が定番 だ。おかずを並べて、さあ食べようというとき、父が「どら、トイレに行たっくつで(行ってくるから)」とソファか ら立ち上がろうと・・・いや、立ち上がれない。前のテーブル
の縁を持ち引き付けるように、反動をつけながら、ようやく立ち上がった。一層脚力が失われているのが分かる。おもむろに台所の方に向かう。そっちじゃないよと思っていると、冷蔵庫のドアを開けようと手を掛けた。慌てて「違うよ」と声を掛けて、トイレの方に導いた。
いよいよ1人暮らしが危うくなってきたなあ。そう考えながら福岡に戻った。周囲に支えられ約3年半。その生活を壊す事故が父を襲ったのは1カ月後だった。(S・F)
認知症の父親の遠距離介護を記者(52)がつづる。2014年、15~16年に掲載した連載の続編。木曜掲載。」(2017年4月6日西日本新聞)
この連載をよく読んでいるつもりです。それは教科書でなく実践編だからだと思いますが、内容を記憶しているかと言えば自信がありません。
私は、幼いころの記憶が少ないです。病気のせいかどうかは分かりませんが、今を生きるのに大した不自由はありません。ですが、認知症を恐れています。記憶が無くなるのではと言う漠然たる不安です。
「覚えてる」って大切
だが、私のことはこの日、クリスティーンはセミナーの間は、わからないようだっつた。少しさみしい気がした。だが、彼女の「結婚相談所に、電話して!」の表情にはっとして、以前、彼女 が言った言葉を思い出した。
「覚えているかと聞かないでください。覚えていることがそんなに大切でしょうか?私は、今を、この瞬間をこんなに楽しんでいるのに。そのことが大切だと思うのに」その通りだと思い直した。そもそも私たちは生まれてからこれまでの人生のことをすでにたくさん、忘れている。もちろん現実に、‘家族や大切な人に私の名前や存在も思い出してもらえなくなったらどんなにか切ないだろう。その経験のない私にはわからない。けれど、彼女の「覚えていることがそんなに大切でしょうか。私は、今を、この瞬間をこんなに楽しんでいるのに」という言葉は、改めて、重く私の胸に響いた。」(『希望の人びと』)
「生きる意味」 [認知症]
茨木のり子の夫は医師だった。
「モーツアルト 茨木 のり子
鬱病の治療には
最近
モーツアルトをきかせる方法もある
と精神科の医師が語った
一日患者の訴えに耳を澄まし
それがいかにしんどいことであったか
疲れて帰宅したあなたは
飢渇(うかつ)を癒すかのように
モーツアルトの流れに身を浸した
だったらあれは
無意識の自分自身への治療だったのでしょうか
どこかに暗さと寂寥(じゃくりょう)とを隠していたひと
深く考える者にはさけられない
鬱(うつ)へのかたむき
<伯父さんのコレクションは趣味がいい>
甥がきて
若々しい手つきで
ひらり一枚のレコードをかけると
部屋いっぱいに
天上の音楽は溢れ
久しぶりに聴く」
モーツアルトは血圧の安定にも良いということでパソコンに取り入れています。
認知症を理解することはなかなか難しい。次のように述べられていました。
認知症当事者はこう言うそうだ
「『生きる意味が、私を支えている』
生きる意味?
「幸せになるコツは?どうしたら幸せになりますか」と尋ねた時も。ポールはこう答えた。
「自分の人生に意味があるということ。『夜と霧』の著者で知られるフランクル(精神医学者)は、アウシユビツツで生き残った人は、人生に理由があって生き残ったと書いている。ある人は生き残って家族の歴史を書きたい、(略)
二人の生きる意味――アルツハイマーは「空っぽの人間」だという偏見を打ち砕き、診断後のもっとも苦しい早期の人々への支援の輸を広げること。そして「いま」を味わって楽しく生きること。これが病にならなければ出会わなかった二人のプロジェクトだ(一部引用)」
当事者の参画という点でも認知症当事者は進んでいます。最近は、ドライバーの認知症検査についても要望を出されたと聞きます。正しく理解することが大切だと思います。