負担軽減は [介護]
台風19.20号は私の所をかすめる程度でした。不安な夜を過ごされた方も多いでしょう。
自然の脅威はすごいですね。将来平均気温が40度を超すという表示を見ました。エアコンを我慢はできないでしょう。
こんな投書がありました。
「(声)医療介護の負担、軽減策は必須 77歳 2018年8月24日朝日新聞
後期高齢者医療制度と介護保険の窓口負担について、所得に応じて1割から3割まで差があるのはいかがなものか、という投稿が先月2通載りました。ご主張は、低所得者や高額利用者の負担割合の引き上げにつながるように思います。
確かに高負担の方々が不公平に感じることは理解できます。しかし、高齢者になれば体の不調がいろいろ出てきます。81歳の夫は5カ所に通院し、私も内科と歯科に通っています。年金生活で、医療費の1割でも楽ではありません。
酷暑の中、エアコンを使わず熱中症で亡くなる痛ましい記事も見かけます。医療費の自己負担が増えれば、具合が悪くなっても医療機関に行くのをためらう人が出てくるのではないでしょうか。熱中症に限らず、年間を通して起こりえます。その結果、重症化して、かえって医療費がかさむのではないでしょうか。
介護保険でも、リハビリを怠れば要介護度が悪化するでしょう。ご本人も不幸ですが、介護保険財政も支出が膨らむと思います。矛盾はあっても、現行の低所得者の負担軽減措置は維持すべきだと思います。」
「後ろの山にすてましょか」 [介護]
「みんなの広場 早川一光先生の思い出=主婦・68歳 毎日新聞2018年6月17日
京都の「わらじ医者」として親しまれ、「認知症の人と家族の会」の顧問を務めるなど地域医療や医療保障に尽くされた早川一光(かずてる)先生が今月2日、94歳で亡くなられました。ご冥福を心よりお祈りします。
随分前ですが、先生の講演に参加したことがあります。歌いながらのお話は、笑いと感動でいっぱいでした。
「一人で着替えて棺おけに入った人は一人もおらん。誰の世話にもならんなんて言わんと、お世話になりますって、頭下げとくんやで」と言うや否や、「歌を忘れたカナリヤは--」と歌い出されました。そして、「後ろの山にすてましょかと言うと、いえいえそれはなりませぬと言う人がいなくなった」と語り、周りで励まし合うことの大切さを説かれる話に感動しました。 (以下略)」
今の価値観で言えば、老人は何も生産しない存在です。それに膨大な予算が消化されているというのが政権の考えなのでしょう。だから、介護保険の対象は削られ、負担は増えるばかりです。消費増税の時だけは福祉を持ち出しますが、実際は福祉以外にもバラまかれています。
「スピリチユアルケア」 [介護]
「(ひととき)『今』のぬくもり大切に2018年5月4日朝日新聞」では、79歳の父が病に倒れ、激しい痛みを伴うという病でもあるという。そんな父と電話で話していると「父が『今はね、寝るときお母さんと手をつないでいるよ』と電話でうれしそうに話した。」という。
そのことで心の安らぎになっているのではないかと言う。
昨日読んだばかりの『ルポ 希望の人びと』という認知症当事者の動きについて書かれた本にむこんな指摘があったのを思い出しました。
「『スピリチユアルケア』はホスピス・緩和ケアで「霊的」「精神的」ケアなどと訳されてきた。 日本ではまだなかなか理解されにくい。現代ホスピスの創始者といわれるシシリー・ソンダースさんを英国のホスピスに訪ねてインタビューしたとき、スピリチユアルケアについて、『人は死を前にして、自分の人生は意味があったのかと苦しむことがある。そのとき、何があっても、話に耳を傾け、ともにすごし、あなたの人生は意味があったのだ、と伝える、それがスピリチュアルケ ア』と話してくれたことを思い出した。存在の肯定ということだろうか。」
日本では医学的根拠がないと否定されるかもしれませんが、存在の肯定は大きいと思う。手をつないで寝るのもそういう意味のある行動ではないかと思いました。
言葉でつながる [介護]
ソニーの犬型ロボットのニュースを聞きながら、生きている犬を飼うのは自分の寿命との争いになるのでためらわれます。犬がいるのは新規に引っ越してきた若い人たちのうちになっています。アイボなら寿命のことも、散歩も必要ないが・・・。新聞で確認すると本体が20万円程度。その他の経費が10万円だという。とても手が出ないことを知りがっかりしています。アイボは会話はできるのでしょうか。言葉の重みを知る投稿でした。
「(ひととき)心に残す、母の言葉 2018年1月12日朝日新聞
入院中の母から、爪切りを持ってきて欲しいと言われ、病室に持参した。いつの間にか色白で柔らかくなった母の手を取り、爪を切ってあげた。「楽爪(らくづめ)じゃ」と母が言う。仕事をしない手の爪は早く伸びる、ということらしい。
農家の長男に嫁ぎ、11人の家族と暮らし、毎朝2升の米をとぎ、7個の弁当を作った。皆が朝食を済ませると母の食べる米飯はなくなっていたこともあったという。米と野菜と葉タバコと乳牛と、一日中働いて入浴するのは家族の最後。あまりの汚さに入らなかったこともあったという。
「煎り豆に花」という言葉も聞いた。有り得ないことが起こることらしい。私は、いい言葉に出会うと、折々の言葉として記録しているが、もうすぐ85歳になる母の言葉には感心させられることが多い。
あと何年一緒にいることができるだろう。多くの人の世話をしてきた母が、いまは人様のお世話で暮らしているのを見ると、子としては申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「ええばっかりの人間はおらん。悪いばっかりの人間もおらん」。ありがとうお母ちゃん。しっかり心に残しておくよ。(パート 59歳)」
ゴミ出しも大変 [介護]
「仲畑流・万能川柳 毎日新聞2017年10月29日 東京朝刊
☆印は秀逸(仲畑貴志選)
☆機器だけが進化続けているテレビ 宝塚 忠公
被災地にまた夏草が生い茂り 鴻巣 雷作
AIにできるか母のサジ加減 札幌 北の夢 (以下略)」
新聞の投稿欄からです。
「(声)高齢者のごみ出し、支援を早く 57歳 2017年11月5日朝日新聞
高齢などのため、自力でごみを出すのが難しい世帯が増えています。
私が住む町では、台所ごみなどの可燃ごみの収集は週2回です。収集場所まで歩いて3分。少し遠いので、私はカートを引いて行っています。以前、もう1カ所増やしてほしいと地元自治体に要望しましたが、無理ですとのこと。困っている住民のことを考えてくれていないのが、よく分かりました。がっかりです。
月2回の資源ごみの収集場所は車で5、6分。重いしお天気が悪い日もあるので、我が家も車を手放したら持って行けなくなります。実際、玄関前に大量に積んだままの高齢者のお宅もあります。(以下略)」
過日、テレビでボラティアの方が手伝っているという放送があっていました。有償ボラティアだったかと思いますが、はっきりしません。まだ、実態が知られていないのかもしれないと思いました。
介護離職の前に [介護]
こんな意見が掲載されていました。
「「介護をやめる」という選択肢【第19部】 提言
これからのハタラク<3>和気 美枝さん
●一般社団法人介護離職防止対策促進機構代表理事 和気 美枝さん
親などの介護を理由に勤めていた会社を辞める「介護離職」。その数は年間10万人を超えるといわれています。介護者の不幸は、選択肢が見えなくなること。目の前の事象にパニックになってしまい、「会社を辞めるしかない」と思い込んで、離職してしまうのです。介護が始まると、介護する相手(要介護者)を優先して考えがちですが、自分の人生を最優先で考えて構わない。今までと同じように、自分の人生は自分で選択できるのです。
《総務省の就業構造基本調査(2012年)によると、07~12年の5年間で、「介護・看護」を理由に離職した人は約48万7千人。政府は15年に20年代初頭までの「介護離職ゼロ」を目標に掲げたが、道のりは険しい。東京商工リサーチが昨年、全国の企業に実施したアンケートでは、約7400社の1割が1年以内に介護離職者が出たと回答。7割の企業が、将来的に介護離職が増えると予想している》
マンションの開発会社で働いていた32歳のとき、母がうつ病、ついで認知症を発症しました。煩雑な役所の手続き、専門用語…分からないことばかりで、周りも助けてくれない。自暴自棄になり、「一度リセットしよう」と38歳で仕事を辞めました。でも、楽になったのは一瞬。介護は終わらないのです。気付けば、無職で無収入、社会から置き去りにされた独りぼっちの自分がいました。
もちろん、「親の介護に専念したい」というのもいいでしょう。ただ、「介護をやめる」選択肢があることを覚えていてほしい。施設に入れることを後ろめたく思う必要はありません。自宅にこもって、要介護者と24時間向き合う状態は避けるべきです。介護疲れの果てに命を奪ってしまう悲劇は後を絶ちません。
私自身、ぎりぎりのところで踏みとどまった経験があります。薬を飲もうとしない母の口に、薬とペットボトルの水、キウイを押し込んでしまった。私が母を殺さずにすんだのは、どこに助けを求めればいいか分かっていたし、支えてくれる人がいたから。介護者が集まる会には、悩みに耳を傾けてくれる人もいるし、介護の情報やノウハウもたくさんあります。
(以下略)=2017/09/28付 西日本新聞朝刊=」
施設サービスを利用したくとも難しい人もいるのではないか。
ふに落ちない世界を [介護]
「ニュース川柳
・アクセルに魅入られている高齢者
・今世紀豪華列車と無人駅
・改憲ヘ北の神風吹きつのる
・沖ノ島のみでは神もかこち顔」(2017年5月11日西日本新聞)
鹿児島で独居の父を福岡に住む次男が介護している話です。
「オトコの介護 ふに落ちないなぜ外出を
何か、ふに落ちない。そんな気がしていた。実家の前で父(81)が転倒した事故。自分から外出することなどめったにないのに、なぜ外に出ようとしたのか。しかも、おそらくは夕方以降に。倒れ方も気になる。 父には入院後、何度か尋ねた。無駄な抵抗かなと思いつつ。「倒れたときのこと覚えてる?」「倒れやせん(倒れはしない)から」。病院のベッドに寝てるのに強がってどうするの。今後の事故を防ぐためにも経過を知っておきたかった。救急隊に電話すると、出動した隊長と話ができた。通報の着信は午後8時12分。到着したとき、父は通報者に付き添われ、門の前の階段に座っていた。目立った外傷はないようにも見えたが、脚
と頭を痛がった。なぜ倒れたのかを聞くと「分からない」。
連絡先を探そうと家に入り、壁に張ってあった電話番号を見つけて福岡市の自宅に連絡してくれたのだ。テレビはつけっ放しだったという。 通報してくれた近所の男性も後日、隣の人から家を聞いて訪ねた。父が倒れていたのは門のすぐ前。頭を道路側にしてあおむけだった。4段ある階段を踏み外した可能性が大きい。倒れていた右側には、 つえと帽子が落ちていた。 家が分からず、どこから来たのか尋ねたら、時計屋がどうのとか言いつつ「真砂から」 と答えた。数キロはある県庁に 近い地域だ。「歩いてきた」との話に何か変だなと感じたという。それにしても、なぜ住んだこともない所なんだろう。よく分からない。
実家に戻り、げた箱の上の帽子に気づいた。そうか、落ちていた帽子とは、これか。隊員が拾ってくれたに違いない。女性用のチューリップ帽。亡くなった母の物だった。父は、かぶることで一緒に散歩するつもりになったのかも。いや、母の姿を追いかけようとしたのか。そうだ、そういうことにしとこう。(S・F)」(同前)
私は右脚に脳卒中の後遺症としての感覚障害があるせいか、体のバランスを崩すことがあります。立っていることは当たり前のことのようですが、微妙なバランスの上で成り立っているという。さらには、老いにはいろんな想像できないものが出てくるそうです。
実父を介護した人の記録です。
「『最近物忘れが激しくて、やんなっちゃうよ』という呟きを聞くことも多くなった。 それでも俺はまだ、父親も、俺と父親の関係も、これまでの人生の延長という視線で見ていた。それがこの日を境にして、まったく別のものになっていったのである。 思い返してみれば、この事件が、俺たちふたりが老いというものと向き合う最初のきっかけ であった。向き合うとはいっても、それはたとえば老いに抗うといったような積極的なものを含んでいるわけではない。ただ否応なく老いに巻き込まれ、老いと寄り添って生きるほかはなくなったのである。傍から見れば、以前とまったく変わったところのない父親ではあったが、この頃から父親は、少しずつ記憶の連続性を失っていったのである」(『俺に似たひと』)
そして、せん妄が始まります。このうなると素人の想像を超えているようです。
介護も、葬式も・・・ [介護]
「手話言語条例県内で初制定 直方市議会が可決
直方市議会は21日、手話が言語であると宣言する市手話言語条例案を可決した。聴覚障害者の基本的人権を擁護し、社会参加を促すのが狙い。市によると、同趣旨の条例は全国74自治体(2月末現在)で制定されているが、県内では初。4月1日に施行する。
同市の条例は、目的として聴覚障害者が安心して暮らせる地域社会の実現を挙げ、手話への理解や普及を図るための施策を行うとしている。今後、市職員の手話研修や市民向けの講習会の充実などを検討する。この日の採決は、市内外の聴覚障害者ら約50人が傍聴席で見守った。直方手話の会の渡辺登茂栄会長(56)は「これがスタート。絵に描いた餅にならないよう市の施策を見守りたい」と話した。
同様の条例案は22日、朝倉市でも採決予定。(木下良弘) 」(2017年3月22日西日本新聞)
少し明るい話の後ですが・・・。
介護しないとすれば、公的な介護を利用してということになります。それができればいいのですが。葬式は不要ですし、相続もしないでいい。何か寂しい社会ですが。
「介護も葬式も 相続もしない 79歳
高齢者が多く、当然ながら葬儀が増える。毎朝、本
紙筑後版「おくやみ」欄に 目を通す。掲載申し込みをしない家族も多くいることだろう。 ところで、内輪だけの家族葬が年々、増加している。 反比例して多くの若者が結婚しないのも、由々しき現実である。ならば、告別式で親族が少ないのも自然の理である。お寺さんもじり貧で、通夜の席では、葬儀や先祖の大切さを切々と説かれる。テレビで、若者の「新三無主義」が放映された。親の介護はしない。葬式はしない。その代わり、遺産も相続しないと。親を捨て、現在の自分たちの生活を守る。どこで、歯車が狂いだしたのだろうか。」(同前)
「覚悟」を支えて [介護]
「仲畑流・万能川柳 毎日新聞2017年4月1日 刊
☆印は秀逸(仲畑貴志選)
☆死んでみろ暑い寒いもないんだぞ 福岡 蔵田正章
スーパーが空き家見回る新サービス 北九州 お宮参る
人間は管だと知った内視鏡 宮崎 佐土原ナス (以下略)」
知人が、がんと分かって2か月でこの世を去りました。やがてくるその時のことなどどうなるか分かりませんが、年齢を考えればありうることです。そんな私たちの終末を看取る医師たちの記録が出版されたという。こういう医師が増えないと安心して逝けないのかもしれません。
「納得できる「最期」のために
訪問診療に取り組む後藤医師
40人のみとりを本に
終末医療で納得できる
「最期」を迎えるために、 患者と家族、医師はどうすればいいのか。訪問診療 に取り組む福岡市の「にのさかクリニック」に勤める後藤勝弥医師(76)が、特徴 的な患者40人の事例を検証した「逝くひとに学ぶ」(木星舎)を出版した。 にのさかクリニックは、末期がんなどの患者を自宅で診ている。開院から20年余りでみとった患者は約800人。後藤さんは二ノ坂保喜院長と2人で過去のみとりを1年かけて振り返り、うち高齢者から若者まで約40人の事例を対話形式でまとめた。
登場するのは、大病院の手術や放射線治療でも回復せず、痛みと不安で絶望しかけた患者たち。在宅に切り替えて、次第に落ち着いていく様子が描かれている。例えば、子宮がんの再
発で病院に事実上見放され、大泣きした女性は、自宅に帰って家族と好きな食事を取ることで立ち直り、穏やかな最期を迎える。「患者はみんな怖がっている、医師はその気持ちを理解して、ベストなケアを 患者と一緒に考えなくて は」。そのために、後藤さんと二ノ坂さんは、患者の
長い人生を謙虚な姿勢で聞き取ることを勧める。2人 は患者の戦争体験や仕事の 話にじっくりと耳を傾け る。患者たちは過去を語る ことで人生を総括し、覚悟
を固めていくという。 また、家族と周辺の人々には、患者から逃げずに、支えてほしいと訴える。後藤さんはいう。「患者の苦しみに共感し、共に見送ることで、コミュニティーも成長できるのです」「逝くひとに学ぶ」は福岡県内の主要書店で販売(税別1600円)。木星舎=092(833)71400(三村龍一)」(2017年4月1日西日本新聞)