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歴史の真実は [歴史]

 


 


「伊方原発3号機で停電トラブル 四国電「ほぼ全電源、一時喪失」共同通信 」という。予測つかない事故はあり得ます。先の裁判の結果が尊重される必要があります。原発に依存できないと思うのは、使用済み核燃料の保存法が決らないままです。そして、保存期間の長さです。そして、廃炉するための技術と費用が膨大なものになりそうですからです。廃炉も未経験です。原発の稼働にはいろんな説明がされていますが、電力不足だからという論理は破綻しています。安上がりの原発は高価なものだったということです。


 原発開発歴史の真相を知りたいのです。


 次の話題は度重なる戦の主人公・上杉謙信のことです。


 


「コラム 朝刊太郎の雑記帳 戦国九州の生き地獄2020/1/23 上別府 保慶」からです。 


 


「新潟県民が誇る武将の上杉謙信は、歴史ドラマでは同盟者との信義を守るために出陣を繰り返した「義」の人として描かれる。


 ところが、あれは侵略戦争だったと喝破したのが、ほかでもない新潟出身の歴史学者、藤木久志さん(立教大名誉教授)だった。


 新潟には米どころの印象がある。それは江戸時代に新田が開かれ、昭和に米の品種改良が進んだからだった。戦国時代はむしろ貧しく、謙信は領地や食料を奪うために出征したと藤木さんは考えたのだ(以下略)」


 


 藤木氏は背景にある飢餓を指摘していたという。寒冷地の気象条件もあり食糧確保は目前の課題であったという。先の大戦時に開拓民として長野県辺りからの移住が多かったという。新潟はどうだったのだろう。引き揚げ時の混乱の中で「残留孤児」となった人たちをはじめ苦難は庶民が背負ったのではないか。


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